2005年03月24日

[底]恋愛模様

 最近人の恋愛話をちょこちょこと聞いてますが、みんなそれぞれに大変そうです。春は出会いと別れの季節だなんて言いますが、本当に言葉通りこの冬から春にかけていろんな動きがあったみたいです。

 話してくれるというのは僕を信頼してくれてるんでしょうから1人1人のことを話したくはありませんが、僕が聞いた限りでは別れの方が多かったように思います。別れ方にも色々あって、後ろ髪を引かれるようにして苦しみながら決断した人もいれば、何かのきっかけですっぱりと諦めてしまった人も、逆に相手にそうやってすっぱりと切られてしまった人もいます。
 ただ、ほとんどが女性の視点から話を聞いていて相手の男性のことはよく知らない、というケースです。だからかもしれませんが、なんだか男性の方がものすごく考えなしな感じがしました。愛が見えない言動を平気でしている感じが。

 この話僕自身も他人事ではなくて、ただしありがたいことに僕は出会いの方が最近あったんですが、その人ともこれまでの経験を考えても、彼女と一緒にいたくなかった覚えがないんです。まぁバイトの経験もほとんどなくて相手できないほど疲れてたことがないというのはありますけど、喧嘩の真っ最中でもない限り相手が会いに来てくれたのに無愛想に放置したりなんてできませんでした。あ、あんまり具体例だと思われると困りますが、例えばね?
 もうしばらくして僕が働くようになっても、たぶん疲れてる時に彼女が普通に会いに来てくれたら甘える方に走ると思います。なんでもケアしてあげられるかどうかはその時次第ですけど、よほど体調が悪くない限り「ごめん、今日は君の相手してられるほど余裕ないから帰って」とは言えませんよ。怖くて。(「悪いけどこれお願いできる?」みたいなことはありそうな気がしますけど‥‥)
 愛されてるって感覚は自分が愛してる感覚以上に嬉しいし気持ちいいものです。ただ、だからこそもらうばっかりになってしまうのは愛がない証拠だと思います。男女問わず。自分がしてもらって嬉しいことこそ、好きな人にもしたいとは思わないですか?

 こないだmixiの好きな言葉には書いたんですが、僕の好きな台詞の中に愛する者の特権とは相手に迷惑をかけられることであるというのがあります。実際はちょっと違う形で書いてあったんですが、内容的にはこんな感じです。すごく好きです。相手に迷惑をかけられること、相手のために動かされること、相手の謝罪を笑って受け取れること。それは愛する者が特別に受け取れる権利だ、というんです。
 上に書いた愛されてる感覚は相手からもらうものですが、こっちは自分の中からわき上がってくるものですね。相手のために今僕はこのことをやってるんだ、という嬉しさ。相手が感謝とすまなさをごっちゃにしてそっと差し出してくれる、それを受け取った時の嬉しさ。

 もちろん違う文化を持ってる人間が2人くっつくんですからいいことや楽しいことばかりではないでしょう。誤解やらすれ違いもあるでしょうし、価値観が違うことを思い知らされることもあるはずです。どちらかが我慢することで、あるいはお互いが妥協することで、それらをクリアしていかなきゃいけない。それはでも共同作業でなければならないはずです。片方が否応なく我慢をさせられてる状況はおかしいですし、それが続けば耐えきれなくなるのは目に見えてます。

 そんなことを考えながら、いくつかの別れ話を聞いてました。この春に訪れた出会いと別れに幸があらんことを。
posted by alohz at 02:32| バンコク ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | thinking | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/2569523

この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。